東京高等裁判所 平成6年(行ケ)82号 判決 1995年2月15日
福岡市博多区博多駅南4丁目13番21号
第82号事件原告
株式会社オーエイシー
代表者代表取締役
大久保武美
佐賀県鳥栖市幸津町1386番地
第83号事件原告
株式会社クリエイト
代表者代表取締役
豊増康生
両名訴訟代理人弁護士
林正孝
福岡県大牟田市真道寺町23
両事件被告
杉野俊幸
訴訟代理人弁護士
安原正之
訴訟代理人弁理士
松尾憲一郎
同
安原正義
主文
特許庁が、平成3年審判第22630号事件について、平成6年3月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は両事件につき被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告ら
主文と同旨
2 被告
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
被告は、名称を「押花乾燥法」とする特許第1405789号発明の特許権者である。
上記発明(以下「本件発明」という。)は、昭和54年2月13日に特許出願され(特願昭54-16576号)、昭和62年4月2日出願公告され(特公昭62-14521号)、同年10月27日に設定の登録がなされたものである。
第83号事件原告は、平成3年11月22日、本件発明につき無効審判の請求をし、特許庁は、これを同年審判第22630号事件として、その審理を開始した。
第82号事件原告は、平成4年9月17日、特許法148条1項に基づき、上記審判事件につき参加の申請をし、平成6年2月9日、参加を許可された。
特許庁は、同年3月11日、上記審判事件につき、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月28日、原告らに送達された。
2 本件発明の要旨
「塩化カルシウムまたは塩化リチウムを吸蔵せしめた布や紙で、植物体をはさみ、加熱温度を調節しながら加熱脱水することを特徴とする押花乾燥法」(特許請求の範囲記載のとおり)
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(第83号事件原告)が特許第107988号明細書(審判事件甲第1号証、本訴甲第4号証、以下「引用例」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)、特開昭50-112854号公報(審判事件甲第2号証、本訴甲第5号証)及び特開昭53-123547号公報(審判事件甲第3号証、本訴甲第6号証)を提出して、本件発明は、引用例発明と同一であるか、これに基づいて容易に発明することができたかのいずれかであるから、本件特許は、特許法29条1項又は2項に違反してなされたものであり、無効とされるべきであると主張したのに対し、本件発明はそのいずれとも認めることはできず、請求人主張の理由及び証拠によって本件特許を無効とすることはできない、とした。
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本件発明の要旨、引用例の記載事項の各認定は認める。
本件発明と引用例発明との一致点・相違点の認定は、一致点の認定を認め、相違点の認定を争う。
審決は、本件発明と引用例発明との比較に際し、引用例の記載内容を誤認した結果、両発明の相違点でないものを相違点であると誤って認定し(取消事由1)、仮に両発明に相違点が認められるとしても、本件発明は、当業者が引用例発明と本件発明出願前の周知・慣用技術とから容易に想到できたものであるにもかかわらず、この点の判断を誤り(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(相違点認定の誤り)
審決は、本件発明と引用例発明の構成につき、「当該基材が、前者では『布や紙』であって、自在に折り曲げられる程の柔軟性を持つのに対し、後者では『繊維材料中に補強材として網状体材料を抄き込むか或いは板状繊維材料間に同様の網目材料を縫い込んで適当な厚さの板状となしたもの』であり、上記した、『・・・積み重ね、これを細紐又はボルト締め』するという使用の態様にも鑑みれば、当該板状体は撓み、あるいは若干の変形が可能としても、前者における、自在に折り曲げられる程の柔軟性を持つ基材とは明らかに相違する。当該相違点に対応する変更が当業者に自明のものとは認められない・・・」(審決書4頁19行~5頁10行)として、両発明には基材の構成に柔軟性の相違をもたらす差異があると認定し、また、両発明の効果につき、「前者の基材が(柔軟であるが故に)、植物体の凹凸に即応するように屈曲して植物体との接触を密にし、植物体が脱水中に収縮して縮れていくのを防止するという後者にはない優れた効果を奏することは本件発明の出願明細書に記載のとおりである。」(同5頁11~16行)として、構成の差異に対応して、効果の差異があると認定したが、誤りである。
(1) 引用例発明の吸湿板は、「繊維材料中に補強材として網状体材料を抄き込むか或いは板状繊維材料間に同様の網目材料を縫い込んで適当な厚さの板状となし、これに塩化カルシウム溶液又は塩化カルシウム及び塩化コバルトの混和溶液を浸潤させた後乾燥して製造した乾燥植物標本製作用可撓性吸湿板」(審決書3頁3~9行)であるから、表面の繊維材料と内部の補強材としての網状体材料又は網目材料とから構成されている。
このような構造の吸湿板で植物体を挟めば、植物体と直接接触するのは表面の繊維材料であり、この表面の繊維材料は、柔軟性のある素材であって、本件発明にいう紙、布はその一つであり、自在に折り曲げられる程度の柔軟性を有するから、植物体の凹凸に即応するように屈曲し、植物体との接触を密にし、植物体が脱水中に収縮して縮れるのを防止することができる。
このことは、引用例の「發明ノ詳細ナル説明」の欄に「本発明ノ吸濕板ヲ以テ處理スル時ハ植物ノ色素ノ變質組織ノ破壊皴ノ生成等ヲ來ス事ナク原形原色ヲ保持スル完全ナル標本ヲ製作シ得ルモノナリ而シテ本吸濕板ニ於テハ可撓性ナル本板中ニ含マルル鹽化「カルシウム」ノ強力ナル吸濕性ニヨリテ植物中ノ水分ヲ脱除セシムル」(甲第4号証1枚目後から3~1行)との記載によって明白に示されている。
この観点からみた場合、引用例発明における吸湿板の内部の網状体材料又は網目材料は、加圧しやすくするための単なる付加構成にすぎず、これにより繊維材料の上記作用効果を阻害するものではない。
以上のとおりであるから、引用例発明の「吸湿板」は、本件発明の「布や紙」と同一の構成を備え、これと同じ効果を有しているのであり、これに加えて、加圧しやすくするための単なる付加構成をも有しているにすぎない。
(2) さらに、引用例には、「本吸濕板ヲ使用シテ乾燥植物標本ヲ製作スル際特ニ再生力強キ植物ヲ威理スルニハ二枚ノ本吸濕板、晒布、二三枚、植物體、晒布、二三枚、本吸濕板ノ如キ順序ニ所要數タケ積ミ重ネ是ヲ細紐又ハ「ボールト」絞メトシテ攝氏四十度至自六十度ニテ一夜放置シ翌朝更ニ更新セル吸濕板ト交換ス斯クスル事數囘ニ及ヘハ普通乾燥法ニテハ二三箇月ヲ要シ或ハ全然乾燥標本ノ製作ヲ斷念スルノ止ヲ得サルカ如キ難乾燥性ノ植物ニシテモ完全ニ乾燥標本トナシ得ルモノナリ而シテ攝氏四十度至自六十度ハ植物細胞ノ致死温度ニシテ生物ハ一般ニ生活力ヲ失フ時ハ速ニ乾燥スルモノナリ」(甲第4号証2枚目8~12行)と記載され、吸湿板とその上下の晒布とを組として、この組で植物体を挟み込むことが開示されている。
これによった場合、晒布が植物体の凹凸と対応して密着し、脱水中の植物体が収縮して縮れていくのを防止する作用を有することは明らかであるから、この吸湿板と晒布との組をもって本件発明の「布」と実質的に同じであるとみることもできる。
(3) 以上のとおりであるから、両発明には、基材の構成に柔軟性の相違をもたらす差異があると認定し、また、構成の差異に対応して効果にも差異があると認定した点で、審決に誤りがあることは明らかといわなければならない。
2 取消事由2(容易推考性に関する認定判断の誤り)
審決は、上記相違点に関して、「前者の基材が、後者の基材から補強材としての網状体材料を除去し、繊維材料が植物体の凹凸に馴染みやすいように変更したものに相当すると認められるが、後者の吸湿板の上記した使用の態様からみて、補強材としての網状体材料は、吸湿板の形状保持、及び支持に必要不可欠な部材であることは明らかであるから、・・・」(審決書6頁6~13行)として、引用例発明から本件発明を推考することの容易性を否定したが、誤りである。
(1) 自在に折り曲げることのできる布や紙を吸湿材とし、これでもって植物体を挟み込んで加圧して押花を制作する押花制作方法は、本件発明の出願前、周知・慣用技術であった。
このこと自体は、被告も認めるところであり、また、多数の文献に示されるところでもある(甲第7号証~第14号証)。
本件発明における「布や紙」が、「塩化カルシウムまたは塩化リチウムを吸蔵せしめた」ものであることを別にすれば、上記周知・慣用の布や紙そのものであることも、被告の認めるところである。
(2) 引用例には、引用例発明の吸湿板を本件発明におけると同じ「布や紙」にすることについての明示の記載がある。
すなわち、同引用例には、「發明ノ詳細ナル説明」の欄の最後に、「以上斯ノ如クシテ短キハ數時間最モ乾キ難キモノニテモ二日ヲ要スルモノ無ケレハ本發明ニナレル吸濕板ニヨル乾燥植物標本製作法ハ眞ニ理想ニ近キ標本製作法ト云フヲ得ヘク又費用ノ點ヨリスルモ從来ノ如ク吸水紙ヲ多數購フ事ニ比スレハ遙ニ經濟的ナリ」(甲第4号証2枚目14~16行)と記載されており、引用例発明の吸濕板の長所を強調するための比較対象としてであるとはいえ、「本発明ニナレル吸濕板」を「從来ノ如ク吸水紙」にした技術が開示されている。
(3) これらのことを前提にすれば、引用例発明の吸湿板からその内部の補強材である「網状体材料」あるいは「網目材料」を引き抜いて、自在に折り曲げることのできる柔らかい表面の「繊維材料」すなわち「紙や布」だけの従来のものにすることは、容易に想到できることであったといわなければならない。
(4) 以上のとおりであるから、審決の上記認定判断は、上記周知・慣用技術の存在及び引用例の上記記載を看過して、これらを全く考慮に入れないままなされた誤ったものといわなければならない。
第4 被告の反論の要点
自在に折り曲げることのできる布や紙を吸湿材とし、これでもって植物体を挟み込んで加圧して押花を制作する押花制作方法が、本件発明の出願前、周知・慣用技術であったこと、及び、本件発明における「布や紙」が、「塩化カルシウムまたは塩化リチウムを吸蔵せしめた」ものであることを別にすれば、上記周知・慣用の布や紙そのものであることは、いずれも認める。
しかし、このことを前提にしても、審決の認定判断は全く正当であり、原告ら主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
原告らは、本訴において、本件特許出願前の周知・慣用技術の存在を主張し、これを証明するものとして証拠(甲第7号証~第16号証)を提出するが、これらが新たな主張や証拠の提出を意味するのであれば、認められない。
また、これら証拠には、いずれも、本件発明の構成の一部が断片的に記載されているにすぎないから、これらを考慮に入れたとしても、引用例発明から本件発明に想到することは容易でなかったとの審決の判断の正しさが影響を受けるものではない。
なお、本件発明の作用効果の顕著なことは、本件発明の実施品に対する高い評価(乙第1号証、被告作成の報告書)から明らかである。
第5 証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。
第6 当裁判所の判断
1 自在に折り曲げることのできる布や紙を吸湿材とし、これでもって植物体を挟み込んで加圧して押花を制作する押花制作法が、本件発明の出願前、周知・慣用の技術であったこと、及び、本件発明における「布や紙」が、「塩化カルシウムまたは塩化リチウムを吸蔵せしめた」ものであることを別にすれば、上記周知・慣用の布や紙そのものであることは、いずれも当事者間に争いがない。
上記周知・慣用の押花制作法において、植物体を挟み込む基材として布や紙を用いるのは、押花の形を整えるためであるとともに、その吸湿効果を利用するものであることは自明であり、この吸湿効果を高め、短時間に脱水を行えば原色、原形を保持した押花が得られるため、シリカゲルや塩化カルシウム等の脱水剤を用いる方法は、昭和44年の出願公告に係る特公昭44-30169号公報(甲第14号証)のほか、昭和49年発行の安黒才一郎著「原色押花美術」(甲第7号証)、昭和51年発行の同「無想式押花藝術」(甲第8号証)、昭和50年発行の金森九郎著「原色押花の作り方」(甲第9号証)のような押花制作法に関する一般書にも記載されており、これらによれば、押花制作法において、押花を乾燥させるために、シリカゲルや塩化カルシウム等の脱水剤を用いる方法は、本件出願前、周知・慣用の技術であったことが明らかである。
もっとも、上記の刊行物に記載されているシリカゲルや塩化カルシウム等の脱水剤を用いる方法は、本件発明の方法とは異なり、これら脱水剤を植物体を挟む布や紙の基材そのものに吸蔵させるものではなく、基材とは別体に置くものであることは、本件明細書(甲第2号証)において、従来の技術として説明されているものと同じである。
2 しかし、既に早く昭和9年に特許された引用例発明の明細書である引用例(甲第4号証)には、短時間に脱水を行えば原色、原形を保持した押花が得られるため、塩化カルシウム等の脱水剤を、植物体を挟む基材そのものに吸蔵させ、加熱脱水する方法が記載されており、したがって、本件発明と引用例発明とは、審決の認定するとおり、「塩化カルシウムを吸蔵させた基材で植物体を挟み、加熱温度を調節しながら加熱脱水することからなる押花乾燥法」である点で一致(審決書4頁16~18行)するものであり、このことは、当事者間に争いがない。
そして、引用例発明の基材が、審決認定のとおり、「繊維材料中に補強材として網状体材料を抄き込むか或いは板状繊維材料間に同様の網目材料を縫い込んで適当な厚さの板状となし・・・た乾燥植物標本製作用可撓性吸湿板」(審決書3頁3~9行)であることは当事者間に争いがなく、この繊維材料として、本件発明の「布や紙」が含まれることは明らかであるから、引用例発明と本件発明とは、塩化カルシウムを吸蔵させた基材の材料においても一致し、ただ、基材である布や紙に補強材として網状体材料を抄き込むか縫い込むかしたものを用いるか、それとも、このような補強材で補強されていないものを用いるかの点において、相違するにすぎないものといわなければならない。また、補強材で補強されていない布や紙を植物体を挟む基材として用いることは、上記のとおり、押花制作法における周知・慣用の技術である。
そうとすれば、引用例発明の可撓性吸湿板のように、可撓性を与えるため特に補強材として網状体材料を抄き込むか縫い込むかした布や紙を用いる必要のない場合、この補強材を省いて、塩化カルシウムを吸蔵させた布や紙を基材として用いようとすることは、当業者のみならず、押花を制作してみようと試みる一般人にとっても、単なる設計事項若しくは容易に考え出せることといわなければならない。
すなわち、本件発明は、引用例発明と実質的に同一であるか、少なくとも、当業者が引用例発明及び周知・慣用の技術から容易に発明をすることができたものというほかはない。
被告は、原告らが本訴において周知・慣用の技術を証明するものとして提出した証拠(甲第7号証~第16号証)につき、新たな主張や証拠の提出を意味するのであれば、認められない旨主張するが、上記認定の周知・慣用の技術は本件発明の対象とする押花乾燥法に係るものであり、これを認定する資料として、審判段階では提出されていなかった資料を本訴において証拠として援用できることは明らかである。
3 審決は、引用例発明の板状体につき、「『…積み重ね、これを細紐又はボルト締め』するという使用の態様にも鑑みれば、当該板状体は撓み、あるいは若干の変形が可能としても、前者(注、本件発明)における、自在に折り曲げられる程の柔軟性を持つ基材とは明らかに相違する。当該相違点に対応する変更が当業者に自明のものとは認められないし、前者(注、本件発明)の基材が(柔軟であるが故に)、植物体の凹凸に即応するように屈曲して植物体との接触を密にし、植物体が脱水中に収縮して縮れていくのを防止するという後者(注、引用例発明)にはない優れた効果を奏すること」(審決書5頁5~15行)を理由に、本件発明と引用例発明とが同一のものでないとし、また、「後者の吸湿板の上記した使用の態様からみて、補強材としての網状体材料は、吸湿板の形状保持、及び支持に必要不可欠な部材であることは明らかであるから、吸湿板から当該補強材を除去することが容易に着想しえたものと認めることはできない。また、この相違によって、本件発明が甲第1号証に記載の発明(注、引用例発明)にない優れた効果を奏する」(同6頁10~17行)ことを理由に、本件発明が引用例発明から容易に発明をすることができたものとすることはできないと判断している。
しかし、本件発明の特許請求の範囲の「紙」には何らの限定が付されていないから、柔軟性を持つ紙のみならず、剛性の紙をも含むものと解釈されなければならず、このような剛性の紙を基材に用いる場合には、審決が本件発明の優れた効果と指摘する上記「植物体の凹凸に即応するように屈曲して植物体との接触を密にし、植物体が脱水中に収縮して縮れていくのを防止するという」効果を奏するものとは認められないから、この効果は、本件発明の実施態様の一つが持つ効果にすぎないものというほかはなく、これを本件発明そのものの効果として評価することはできない。仮に、この効果をもって本件発明の効果というとしても、この効果は、周知・慣用の基材である布や紙の持つ効果にすぎないことは自明である。乙第1号証は、上記認定を覆すに足りない。
一方、引用例発明も、塩化カルシウムを吸蔵させた布や紙で植物体を挟み、加熱温度を調節しながら加熱脱水することからなる押花乾燥法である点で、本件発明と一致するものであることは上記のとおりであるから、その布や紙が補強材で補強され、これにより布や紙に可撓性が与えられていることは、押花の「乾燥法」である本件発明と対比されるべき効果としては、付加的な効果というべきであり、これを重視して、本件発明の効果との相違を強調することは許されない。
すなわち、審決は、本件発明そのものの奏する効果を誤認し、「押花乾燥法」である本件発明と対比されるべき引用例発明の有する押花乾燥方法の意義を誤認し、周知・慣用の技術に考慮を払うことなく、誤った結論に至ったものであって、その違法であることは明らかであり、取消しを免れない。
4 よって、原告らの本訴各請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)
平成3年審判第22630号
審決
佐賀県鳥栖市幸津町1386番地
請求人 株式会社 クリエイト
東京都千代田区神田鍛冶町3-3-9 共同ビル(新千代田)73号 大音・田中特許事務所
代理人弁理士 大音康毅
福岡県福岡市博多区比恵1番18号
参加人 株式会社 オーエイシー
福岡県福岡市中央区赤坂1丁目16-13 上ノ橋ビル605号
代理人弁護士 林正孝
福岡県大牟田市真道寺町23
被請求人 杉野俊幸
福岡県福岡市中央区今泉2丁目4番26号 今泉コーポラス1F 松尾特許事務所
代理人弁理士 松尾憲一郎
上記当事者間の特許第1405789号発明「押花乾燥法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない.
審判費用は、請求人の負担とする.
理由
1、本件特許第1405789号発明(以下、「本件発明」という)は、昭和54年2月13日に特許出願され、出願公告(特公昭62-14521号)後の昭和62年10月27日に特許の設定の登録がなされたものであり、その発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載のとおりの、「塩化カルシウムまたは塩化リチウムを吸蔵せしめた布や紙で、植物体をはさみ、加熱温度を調節しながら加熱脱水することを特徴とする押花乾燥法」にあるものと認められる。
2、これに対し、請求人は、甲第1-3号証を提出し、(1)本件発明は甲第1号証に記載された発明と同一、又は(2)当該発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項の規定により無効とされるべきであると主張している。
3、上記主張について検討する。
(1)について:請求人の提出した甲第1号証
(特許第107988号明細書)には、「繊維材料中に補強材として網状体材料を抄き込むか或いは板状繊維材料間に同様の網目材料を縫い込んで適当な厚さの板状となし、これに塩化カルシウム溶液又は塩化カルシウム及び塩化コバルトの混和溶液を浸潤させた後乾燥して製造した乾燥植物標本製作用可撓性吸湿板」が記載され、当該吸湿板によって処理すれば、吸湿板中に含まれる塩化カルシウムの強力な吸湿性により植物中の水分が脱除されるため、植物の色素の変質、組織の破壊、皺の生成等を来すことなく原形、原色を保持する標本を製作し得ることが示されている。更に、当該吸湿板の使用に際し、「再生力の強い植物を処理するには2枚の吸湿板、晒布を2、3枚、植物体、晒布を2、3枚、吸湿板のような順序に所用数だけ積み重ね、これを細紐又はボルト締めとして摂氏40~60度に一夜放置し、翌朝更に新しい吸湿板と交換し、これを数回行えば、普通2、3か月を要するもの、あるいは難乾燥性のものでも完全な乾燥標本とすることができ」、また、「再生力の弱い植物においては殊更に加熱する必要はないが、大体前記の場合に準じて行う」ものと記載されている。また、甲第2号証(特開昭50-112854号公報)には、段ボール紙を積層接着し、加熱炭化した後、塩化リチウム、塩化カルシウム等の吸湿剤を含む樹脂塗料の有機溶剤溶液を含浸、乾燥させた湿分交換体が、更に、甲第3号証(特開昭53-123547号公報)には、活性炭素繊維を含有するシート材料で蜂の巣型連続通気路を形成し、これに塩化リチウム、塩化カルシウム等の吸湿性塩類を担持させた除湿素子が記載されている。
そこで、本件発明と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、両者は、「塩化カルシウムを吸蔵させた基材で植物体を挟み、加熱温度を調節しながら加熱脱水することからなる押花乾燥法」である点で一致するものの、当該基材が、前者では「布や紙」であって、自在に折り曲げられる程の柔軟性を持つのに対し、後者では「繊維材料中に補強材として網状体材料を抄き込むか或いは板状繊維材料間に同様の網目材料を縫い込んで適当な厚さの板状となしたもの」であり、上記した、「…積み重ね、これを細紐又はボルト締め」するという使用の態様にも鑑みれば、当該板状体は撓み、あるいは若干の変形が可能としても、前者における、自在に折り曲げられる程の柔軟性を持つ基材とは明らかに相違する。当該相違点に対応する変更が当業者に自明のものとは認められないし、前者の基材が(柔軟であるが故に)、植物体の凹凸に即応するように屈曲して植物体との接触を密にし、植物体が脱水中に収縮して縮れていくのを防止するという後者にはない優れた効果を奏することは本件発明の出願明細書に記載のとおりである。
したがって、甲第1号証に記載の発明とは有意の相違点のある本件発明が、同号証に記載の発明と同一であるものとすることはできない。
(2)について:本件発明と甲第1号証に記載の発明を対比すると、両者は、(1)に記載のとおり、基材の種類が、前者では「布や紙」であるのに対し、後者では「繊維材料中に補強材として網状体材料を抄き込むか或いは板状繊維材料間に同様の網目材料を縫い込んで適当な厚さの板状となしたもの」である点で相違する。これは、即ち、前者の基材が、後者の基材から補強材としての網状体材料を除去し、繊維材料が植物体の凹凸に馴染みやすいように変更したものに相当すると認められるが、後者の吸湿板の上記した使用の態様からみて、補強材としての網状体材料は、吸湿板の形状保持、及び支持に必要不可欠な部材であることは明らかであるから、吸湿板から当該補強材を除去することが容易に着想しえたものと認めることはできない。また、この相違によって、本件発明が甲第1号証に記載の発明にない優れた効果を奏することも上記のとおりである。
したがって、本件発明は甲第1号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
甲第2号証及び甲第3号証をもってしても、上記判断を覆すことはできない。
4、以上のとおり、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年3月11日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)